法律家の文章(その3)

4 「当該」について

(1) 当該の意味と用法

 「当該」は、国語辞典(大辞林)によれば、「当の」、「それにあたる」などの意で、連体詞的に用いる語であるとされています。
 「当該」は、品詞としては、名詞ですが、連体詞的に用いる語ですので、「当該」の語が単独で用いられることはなく、必ず「当該○○」などのように、「当該」の後にある名詞を修飾する語として用いられます。なお、有斐閣「法律用語辞典第4版」によれば、法律用語としての「当該」は、「連体詞「その」とほぼ同義。そこで問題になっている当の」という意味であると説明されています。

 「当該」は、漢語調の昔風の表現ですので、この言葉が加わると、文章が硬く、難解であるような印象を与えることになります。新聞等では、ほとんど見かけることはなく、「記者ハンドブック(共同通信社刊)」、「朝日新聞の用語の手引(新版)(朝日新聞出版刊)」にも、「当該」は、登載されていません。そのため、現在、日常用語としては、ほとんど用いられることはないと言ってよいでしょう。

 インターネット上で公表されている、地方自治体の「役所言葉改善の手引」などにおいても、「当該」は、一般の公文書では、言い換えるべき言葉とされ、言い換え例としては、「その」、「この」が示されています。

 他方、法令においては 、前に取り上げた「係る」よりも更に頻繁に用いられています。法令において使用される「当該」は、上記の辞典にあるように、基本的には、「その」、「まさにその」、「そこで問題となっている当の」などの意味で用いられますが、「その」などとは、やや異なるニュアンスで用いられることがあり、また、「その」とは異なる特殊な意味で用いられることもあります。
 「当該」には、大別すると、次のように、3つの用法があります。

① 「その」又はこれに類似する意味で用いる用法

 この用法の「当該」は、語義どおり、「その」、「まさにその」、「そこで問題となっている当の」などの意味であり、「当該」は、既出の特定の名詞を受けてそれと同一であることを示す語として用いられます。例を挙げますと、自己の商号の使用を他人に許諾した商人の責任について定める商法第14条は、

自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

と規定しています(なお、会社法第9条にも、会社について同趣旨の条文があります。)。

 この条文の「当該商人」は、その直前の「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した商人」を受けた表現で、「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した」その商人という意味で用いられています。言い換えれば、「当該」は、既出の「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した商人」という表現を受けて、「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した」という部分を「当該」で表現し、既出の商人と同一の商人であることを表しているのです。すなわち、当該商人=「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した商人」ということになります。

 この場合、「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した」という表現を繰り返すことは煩瑣ですので、「当該商人」と表現しているのです。

 また、上記の条文に「当該他人」という表現がありますが、この「当該」も、既出の「自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した商人」という表現を受けて、そこで問題となっている「他人」と同一の他人、すなわち、商人からその商人の商号を使用して事業又は営業を行うことについて許諾を受けた他人と同一であることを示しています。ただし、この場合には、「当該他人」の「当該」を上記の「当該商人」の「当該」のように、「当該」を前にある修飾語でそのまま置き換えることはできませんので、「当該他人」が具体的に何を意味するかは、前後の文脈によって判断する必要があります。

 このように、「当該」を用いると、言葉の繰り返しを避け、法文の表現が簡潔になるため、法令用語としては、非常に多く用いられています。
その反面、前に取り上げました「係る」と同様に、法文の表現がやや抽象的で、不明確になるおそれがあるとの指摘がされていますので(大島稔彦編著「法令起案マニュアル」174頁)、この点にも留意が必要でしょう。

 ところで、上記の「当該」の意味を考えますと、「当該」は、実質的には、「その」という意味で用いられていますので、「その」で言い換えても意味が通ずるように見えます。しかし、多くの法令においては 、このような場合でも、「その」ではなく、「当該」が用いられています。その理由は、必ずしも明確ではありませんが、「当該」は、「その」(代名詞「そ」と格助詞「の」が複合した連体詞)よりも抽象化された観念で、「該当するそのもの」といった意味合いを持っているから、「その」では、「当該」の持つニュアンスが表現できないということのようです(田島信成「法令用語ハンドブック(3訂版)」401頁)。また、「当該」には、口語的な「その」よりもやや格式張って特定するニュアンスがあるとも言われています(山本康幸「実務立法技術」369頁)。

 他方、このような「当該」と「その」の違いは、単なるニュアンスの違いにすぎず、「その」を使った方が、法文に親近感が持てるのではないか、なぜ「当該」などという日常用語としては、死語と化した固い用語を使わなければならないのかという指摘もされています(田島信成・上掲書401頁、402頁)。

 確かに、前記商法14条の前身である、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)第64条による改正前の商法第23条では、「当該」を用いずに、「其ノ他人」、「其ノ取引」という表現を用いていますから、前記商法第14条の「当該」を「その」と言い換えることも可能であるように思われます。

 そうすると、「当該」と「その」との間には、何らかのニュアンスの違いがあるとしても、その違いは、かなり相対的なものであり、より平易な語である「その」によって代替することができる場合もあるのではないかでしょうか。この点は、今後、法令の平易化の観点から、検討すべき課題であると思われます。

(続く)

[弁護士 柳田幸三]

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