法制執務(立法技術)とは何か(その4)

2 法制執務(立法技術)の伝統と変化

(2) 法令の改正における新旧対照表方式の登場
ア 伝統的な改正の方式
 我が国における法令の改正は、これまで「改め文方式」(「改める文方式」ともいいます。)によってきました。
 「改め文方式」とは、「第○条中、「A」を「B」に改める。」、「第○条中、「C」の下に「D」を加える。」、「第○条中、「E」を削る。」、「第○項を第△項とする。」など、改正の対象とする字句や条項を特定して改正内容を文章で逐次記述する方式をいいます。

 改め文方式においては、改正法によって、改正の対象とする法令そのものを変更することにより、改正前の法令に改正法令の内容が溶け込んで一体となり、これが改正後の規範の内容となります。このような改正の方式を「溶け込み方式」と呼びますが、改め文方式においては、溶け込み方式を当然の前提として条文が記述されます(これに対し、溶け込み方式によらない改正方式として、アメリカ合衆国憲法のような「追加方式」(改正前の規定を残したまま、修正内容をそれまでの規定の末尾に修正条項として追加していく方法)があります。)。

 改め文方式においては、改正法令の内容を改正の対象とする法令に溶け込ませるという技術的な作業を経なければ、どのような改正が加えられたのかが明確になりません。そのため、国会審議においては 、改正前の条文と改正後の条文(溶け込ませた後のもの)とを表形式で対照して示した新旧対照表が審議資料(いわゆる5点セット(要綱、法律案、理由、新旧対照表、参照条文))として呈示される慣例となっています。ただし、新旧対照表は、あくまでも審議資料として審議の参考のために呈示されるにとどまり、法律案の内容そのものになる訳ではありません。

イ 新旧対照表方式の登場
 我が国の法令の改正においては、明治年間から改め文方式が用いられ、これが法制執務上、確立した改正方式となっていました。ただし、この改め文方式については、他の法制執務上のルールと同じく、その根拠となる法令等はなく、あくまでも慣行の積み重ねにより伝統的に改正の方式として確立されてきたものです。

 地方自治体の条例・規則等の改正も、このような国の法令の慣例に倣って改め文方式を採用してきましたが、平成12年7月に、鳥取県が、条例改正において、改正方式を県民にとって分かりやすいものにするという観点から、初めて、改め文方式に代えて新旧対照表方式を導入しました。

 「新旧対照表方式」とは、改正前の条文と改正後の条文とを表形式で対照して示した新旧対照表を用いて改正の内容を記述する方式をいいます。この場合、新旧対照表は、法令案の参考資料ではなく、改正法の内容そのものとなり、改正前の条文は、改正部分について改正後の条文として掲げられ内容に変更されることになります。
 新旧対照表の記載の方法は、必ずしも一定していないようですが、改正の対象とする条項ごとに現行の条文とこれに対応する改正後の条文案とを対照させ、改正部分に線を付するというのが一般的のようです。

 現時点では、新旧対照表方式は、相当数の地方自治体(都道府県では、岩手県、新潟県、静岡県、大阪府、香川県、愛媛県、佐賀県、長崎県及び宮崎県、100 を超える市町村)が採用しているようです。

 なお、会社の定款、私人間の約款、契約書の改訂などにおいては、新旧対照表方式は、広く用いられています。

ウ 新旧対照表方式に対する国の対応と今後の展望
 国の法令の改正における新旧対照表方式の導入については、平成14年12月3日に開かれた衆議院総務委員会において、政府参考人として出席した横畠 裕介・内閣法制局総務主幹は、次のとおり、その導入には実際上の困難があると答弁しています(同委員会会議録・
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009415520021203009.htm

「いわゆる改め文と言われる逐語的改正方式は、改正点が明確であり、かつ簡素に表現できるというメリットがあることから、それなりの改善、工夫の努力を経て、我が国における法改正の方法として定着しているものと考えております。
 一方、新旧対照表は、現在、改正内容の理解を助けるための参考資料として作成しているものでございますが、逐語的改正方式をやめて、これを改正法案の本体とすることにつきましては、まず、一般的に新旧対照表は改め文よりも相当に大部となるということが避けられず、その全体について正確性を期すための事務にこれまで以上に多大の時間と労力を要すると考えられるということが一つございます。また、条項の移動など、新旧対照表ではその改正の内容が十分に表現できないということもあると考えられます。このようなことから、実際上困難があるものと考えております。
 ちなみに一例を申し上げますと、平成十一年でございますが、中央省庁等改革関係法施行法という法律がございました。改め文による法案本体は全体で九百四十ページという大部のものでございましたけれども、その新旧対照表は、縮小印刷をさせていただきまして、四千七百六十五ページに達しております。これを改め文と同じ一ページ当たりの文字数で換算いたしますと、二万一千三百五ページということになりまして、実に改め文の二十二倍を超える膨大な量となってしまう、こういう現実がございます。」

 このように、内閣法制局は、従来の改め文方式を維持する姿勢を示していましたが、これについて本年になって新たな事態が生じました。

 すなわち、省令に相当する「国家公安委員会関係警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律施行規則の一部を改正する規則」(平成28年国家公安委員会規則第5号)において、国のレベルでは初めて新旧対照表方式が導入されたのです。
 この改正を主導した河野内閣府特命担当大臣は、平成28年3月25日の閣議後の記者会見において、「我が国の法令改正は、明治以来伝統的に「甲を乙に改める」という「改め文」方式でやっておりましたが、この「改め文」方式は改正後どういう条文になっているかよくわからないとずっと私思っておりましたので、法律、政令等はなかなか難しいのですけれども、府省令などは所管大臣が決められるということでございますので、国家公安委員会委員長として、今回、国家公安委員会規則を「新旧対照表」方式で改めるということをやりました。(中略)。「改め文」方式のほうがわかりやすい改正もありますが、「新旧対照表」方式も相当わかりやすくなると思いますので、今日、閣議後の閣僚懇談会で、こうした改正のやり方があるということを御紹介させていただきました。」と発言しました。

 また、自身の「衆議院議員河野太郎公式サイト」の「明治以来の伝統を変える」との表題の記事において、国家公安委員会は、今後、「改め文」方式のほうが明らかに分かりやすいという場合を除いて、新旧対照表方式で国家公安委員会規則の改正を行っていくとの意向を表明しました。

 その後、国土交通省所管の「船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則の一部を改正する省令(平成28年国土交通省令第46号)」、財務省所管の「財務省組織規則の一部を改正する省令(平成28年財務省令第57号)」などにおいて、新旧対照表方式による省令改正が行われています。

 現時点においては、国において、新旧対照表方式の採用について一定の方針が示されている訳ではなく、また、新旧対照表方式において改正法令の本文や新旧対照表の記載をどのようにするかについても、改め文方式のような確立した方式はないようですので、新旧対照表方式の動向については、今後注目していく必要がありますが、改め文方式のような明治年間以来の長い伝統に基づいて確立され、定着していると見られる法制執務上のルールであっても、必ずしも確固不動のものではなく、時代の要請や法令の在り方に対する考え方の変化などにより変革される余地があることを忘れてはならないものと思われます。

(完)
[弁護士 柳田幸三]

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