法令のトリビア(2)―法令の公布とその方式(その1)

1 法令の成立と公布―法令は、成立しただけでは拘束力を発揮することができない

 平成27年3月31日に第189回国会に提出され、2年余り継続審議となっていた民法(債権関係)改正が、平成29年5月26日、第193回国会において成立し、平成29年6月2日、民法の一部改正法である「民法の一部を改正する法律」が、平成29年法律第44号として公布されました。

 上記の民法(債権法)改正の例でいえば、改正民法は、国会での審議を経て平成29月に成立しましたが、これにより改正民法が直ちに法規範としての拘束力を持ったわけではありません。

 一般に、法令が国民に対し拘束力を発動するためには、法令が制定権者により制定されただけでは足りず、法令の公布、すなわち、その法令の内容を一般国民の知ることができる状態に置くことが必要であるとされています(最高裁判所昭和32年12月28日大法廷判決・刑集12巻14号3313頁)。したがって、改正民法が国民に対し拘束力を発揮するためには、公布の手続が必要です。

 このように、法令の公布は、法令が拘束力を発揮するために欠くことのできない要件ですが、その方式について規定した法令は、意外なことに、現在は存在しないのです。そこで、今回は、法令の公布に関する規律の変遷について考察してみたいと思います。

2 法令の公布の方式―現在法令の公布の方式について定めた法令はない

 上記のように、法令が拘束力を発揮するためには、法令の公布という手続が必須なのですが、法令の公布をどのような方式で行うこととされているのでしょうか。

 実は、法令の公布の方式について定めた法令は、現在、存在しないのです。法の適用に関する通則を定めた法律である「法の適用に関する通則法」は、法律の施行期日について、「法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。ただし、法律でこれと異なる施行期日を定めたときは、その定めによる。」と規定していますが(第2条)、公布をどのような方法で行うかについては、同法には規定がありません。

 法令の公布の方式について、現在、法令上の定めを欠いていることについては、以下に述べるような歴史的な事情があります。

3 公文式と公式令

 法令の公布の形式及び手続を「公文の方式」といいますが、これについては、かつては、公文式(明治19年勅令第1号。「こうぶんしき」と読みます。)及びその後身である公式令(明治40年勅令第6号。「こうしきれい」と読みます。)に規定がありました。

 すなわち、明治19年2月26日に公布された「公文式」(明治19年勅令第1号)は、それまでの布告、布達、達などの法規範の形式に代えて、新たに法律、勅令、閣令、省令、規則等の形式を定めるとともに、法令の公布について、「凡ソ法律命令ハ官報ヲ以テ布告シ官報各府県庁到達日数ノ後七日ヲ以テ施行ノ期限トナス(後略)」(第10条)と定め、法令の公布は官報によることを規定しました。

 その後、公文式は、明治40年2月1日に公布された「公式令」(明治40年勅令第6号)の施行により廃止されましたが、公式令においても、詔書、勅書、憲法改正、皇室典範改正、皇室令、法律、勅令、国際条約、予算及び予算外国庫の負担となるべき契約、閣令、省令の公布について、これらの「公文ヲ公布スルハ官報ヲ以テス」(第12条)規定し、法令等を官報によって公布すべきものとする規律を踏襲していましたので、いずれの勅令においても、法令等の公布は、官報によって行うべきことが明確に規定されていたわけです。

 戦後の改革において公式令が廃止され、これに代わる法令が制定されなかったことについては、次回に述べます。

(続く)
(弁護士 柳田幸三)

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